「創造」は「見る」こととイコール

みなさま、お久しぶりです。

ずっと更新をサポり続けて申し訳ありませんでした。

いろいろなことがありましたが、特筆すべきはdMの体験です!
先月、初めてdMワークショップに参加したのですが・・・

もう!!
本当に素晴らしい!

鎮魂はずっと続けているのですが、
これまで一度もこんなに深い体験をしたことがありませんでした。

デジタルのサポート、複数の人で行うことがdMの良さであるわけなのですが、
ある方が
「一人で家でやる鎮魂とワークショップは、似て非なるもの」
とおっしゃったのが、よ〜〜〜く、わかりました!

みなさん、参加されたこと、ありますか?

https://chinkon.resv.jp/reserve/calendar.php?x=1519188495&x=1519188496

こちらから、お近くで開催されているワークショップの検索ができます。

鎮魂に行き詰っているとか、人生に行き詰ってるとか、
そういう方にもすごくオススメです!
dMを続けていることで、人生がスムーズになる方、たくさんいらっしゃるのです。

ぜひ!いらしてみてくださいね〜〜!

ちなみに、まずはお家で始めたいという方には

https://itunes.apple.com/jp/app/デジタル-メディテーション/id1247502732?mt=8
http://applion.jp/android/app/jp.digital_meditation.meditation/

こちらからアプリをダウンロードしていただくことができます。
でも、「一人で家でやる鎮魂とワークショップは、似て非なるもの」だということで、
ぜひ、お近くのワークショップ開催をチェックして、
一度はお越しになることをオススメします!

さてさて、それでは超久しぶりに・・・(~_~;)
ロゴスタディにいってみましょう〜〜。

「意識がすべてを創造している」
「それなら、他者も私が創造しているってことですか?」
「それってどういうこと!?」

というところから、まず「第三者の視点に立つ」ということで、
開発部長とD子を客観的にみている第三者・ヒロシくんの視点を
体験してみました。

たとえばD子旦那さんと話しているとき、
ヒロシくんの視点でD子と旦那さんの二人を客観視する。
すると、二人の間に「最適な状態が生まれる」。

「どの視点をもって、宇宙を創造しているか」で、
どこまでの創造が可能かが決まると。
「創造する」とは、「見る」こととイコールなのだと。

そう開発部長、言い切っていました!!!

さて、続きは、いかに!???

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

D子:
「創造する」とは、「見る」こととイコールって。
また大胆発言でございますね。

開発部長:
いや〜〜これについては量子物理学が絡んだ説明になるので、
また機会をあらためて深めていくことにするけど、

まずは「視点」が大事だ。

ということさえわかったら、今はOKです。

「私」しかいない階層にいると、「私」のことしか見えないよね。
だから「私の世界」を創造する、というところで止まってしまいます。

つまり「最適化」の範囲が狭くて、「他者」の存在がそれに含まれてこない。
しかしその階層にいたとしても、
「私の世界」については間違いなく「私がすべてを創造している」
ということになるわけですよ。

D子:
つまり、「わたしから見えてる部長」は、「わたしが創造してる」。
でも、それは部長のすべてでもないし、そのものでもない、ってことですね?

開発部長:
そういうことだね。
「自己と他者の関係性」を創造するときには、そこから一段、階層を上がって、
第三者の視点、二人が「合意した視点」から見ることが必要なんです。
相手を自分の都合の良いようにコントロールする、ということとの違い、わかりますか?
関係性を創造するというのは、そういうことなんです。

D子:
ふむふむ、なんとなくわかってきました!
D子の都合で旦那さんを黙らせるんじゃなくて、
二人にとっての最適を選ぶ視点で、その場を創造するんだな!

でも、「その人の気持ちになること」と「第三者の視点をもつこと」って、
どう違うんですか?

開発部長:
あ、そこは大事なところだね。
相手の気持ちになってみるっていうのは、
「第三者の視点」で見るために、大前提として絶対に必要なんだけど、
それだけだと「情緒」に振り回されちゃうことがある。

相手が自分に対して思っていること、感じている情緒は、
瞬間的にポン、と生まれるようなものだから、それだけでは網羅できないわけです。

さまざまな情緒が統合したところの「精神」、「魂」、そしてそれに憑依している「霊」

「第三者の視点」をもつには、相手の気持ちも含め、
それらすべてを「自分」のように捉えてみる、ということが必要になります。

それができれば、自分と他者にとって最適なところが見えてくるんです。

そしてそうしようと思うと、自分の意識を広げて、自分に対しても相手に対しても
「判断」せずに、ただ「観る」、つまり「客観」が必要になるんです。

その「客観」は、階層が上がってこそ起きる。
自分と相手がいる同じ階層からでは、見えてこないものなんですよ。

D子:
そうか!

「自分の階層を上げる」と、その視点ができてくるってことですね!
階層が上がると、視点も上にいくんだ。

「階層が上がる=見える範囲が広がる=意識が広がる=創造の範囲が広がる」

みたいな感じなのかな!

開発部長:
そういうことなんですよ! 階層が上がるということは、

「その階層の宇宙を、自分で創造できるようになる」

ってことなんです。

社会全体を、この「客観」の視点で捉えられれば、
D子さんと社会、という関係性において

「最適化を起こす」ことができるわけです。

だから、自分と社会の中に最適な答えが生まれてくるんです。

「自分の意識がすべてを創造している」んだけど、
他者、家族、社会、宇宙というそれぞれの段階で、
「すべてを客観視していく」ことが前提にある、というわけですね!

D子:
社会をゼロから思い通りに創り上げていく、ということではなくて、
他者との関係を見るのと同じだってことですね!
ん〜なんかオトナな視点だな・・・!

でも、待ってくださいよ。
せっかく社会へ到達したのにまた戻すようで恐縮ですけど、

「私」が創造してるはずなのに、その「私」すら、
親とか上司とか配偶者とか子どもとか、
「誰か」の言いなりになってる、ってことあるじゃないですか。

開発部長:
あるねぇ〜、よし、次はその話だね!

(つづく)

この記事のトラックバックURL :

この記事へのコメント

No comments yet.

この記事にコメントする

ここまでの情報を記憶しますか?